バー・ホッピングとガストロノミー・ツーリズムのトレンドを探る
「アジアのベスト・バー50アワード」とは、アジア各地のバーの人気コンテストで、今年で9回目を迎え、「バー・ホッピングの聖地」として人気が高まっている香港で7月16日に開催された。
元々は、「世界のベスト・レストラン50アワード」として、英国の総合料理メディア企業、ウィリアム・リード社が、世界中の料理評論家、シェフ、レストラン経営者、フーディーズと呼ばれるグルメ愛好家数百人の投票で、「自分の好きなレストラン」に投票するという「人気投票」によるベスト50を、2002年からスタートさせたことによる。
そこから、例えばスペインの「エル・ブジ」(2002年、2006〜09年に世界1位)や、デンマークの「ノーマ」(2010〜12年、14年、21年に世界1位)などの、伝説的な有名レストランが生まれ、スペインや、あるいはそれまで「魅力的な食はない」と思われてきた北欧へのガストロノミー・ツーリズム(食や酒を目的に旅するスタイル)の人気が高まるなど、世界の観光産業にも大きな影響を与えている。今年はラスベガスで世界大会が開かれ、日本のレストランでは、最高位15位に「セザン」(フォーシーズンズホテル丸の内東京)が入っている。因みに1位はスペイン・バルセロナの「ディスフルタール」。
そのバー・バージョンとして、2009年に世界版の「世界のベスト・バー50」が、2016年にそのアジア版がスタートした。こちらは、同じく酒業界の関係者が「自分の好きな(実際に行ったことのある)バー」に、人気投票形式で点数を入れていく方式のコンテスト。投票をするのは、アジア各地の著名バーのオーナーやバーテンダー、ジャーナリスト、バー・ホッピングの達人たちなどだ。
今年は、日本のバーとしては、「バー・ベンフィディツク」(新宿)が最高位の5位、「ヴェルチュ」(フォーシーズンズホテル東京大手町)が11位、「SGクラブ」(渋谷)が23位、「クラフトルーム」(大阪)が28位、「ザ ベルウッド」(渋谷)が34位と、ベスト50内に5店のバーがランキングしている。
特に「SGクラブ」のオーナーバーテンダーの後閑信吾氏は、上海でプロデュースした「スピーク ロウ」が2016〜17年のアジア大会で連続2位のほか、プロデュースした複数のバーが、毎年、幾つも同時にランクインしている。今までのアワードでも、プロデュースしたバーが合計50回以上ランクインするという世界最高記録の持ち主で、今回のアワード式典でも「ザ・レジェンド」として紹介されていたほどの人気だ。
会場は九龍半島の突端にある、高級ラグジュアリーホテル「ローズウッド香港」。アジア各地から集まった約900人のメンバーが、スタンディング・バーのように立ち飲みをしている目の前で、50位から1位へのランキングが読み上げられ、受賞者が登壇し続けていく。
日本からはベスト50に5店が入ったが、国・地域別では、シンガポールが11店で1番多く、香港が8店で2番目、次いで5店の日本と韓国などとなっている。2024年のアジア1位の栄誉に輝いたのは、地元・香港のバー「レオン」で、オープンして1年での、初登場で1位と言う快挙だった。
意外に感じたのは、例えばマレーシア・クアラルンプールの「ペンローズ」が8位、インドネシア・ジャカルタの「ザ カクテル クラブ」が12位、スリランカの「スモーク アンド ビターズ」が29位、ネパール・カトマンズの「バルク」が39位など、それほどバー文化が盛んではないイメージの開発途上国からもランクインしていることだった。
「世界のベストレストラン50」の日本チェアマンを務め、前述の後閑信吾氏とも長年親交を持つ、料理評論家でコラムニストの中村孝則氏は、アジアの飲食業界のトレンドについて、こう語る。
「レストラン業界も同じですが、現在、世界的な旅行の大きなトレンドになっているのが、ガストロノミー・ツーリズム(料理や酒を目的に旅をするスタイル)です。インバウンド客にとっても、もちろんその国の人たちにとってもですが、食と酒というのは、その土地、町、店でしか味わえない、スペシャルなエクスペリエンス(特別な体験)。だからこそ、アジアの各国・地域は観光局をはじめ、力を入れ始めています。また、高級レストランに何軒も行くのは予算的にも時間的にもなかなか大変ですが、バーなら気軽にホッピング(ハシゴ)が出来るのも魅力ではないでしょうか」
会場の各国のジャーナリストやバーテンダーに聞くと、特に日本のウイスキーや焼酎、クラフトジンなどを、実際に日本のバーでその土地の食と一緒に楽しみたいという声が多く聞こえた。中でも、秩父や厚岸はクラフトウイスキーの聖地として、ぜひ行きたいという人もいた。
もう一つ、実は日本の地方にあるバーにも、注目が集まっているのも興味深い。ベスト100位内には、奈良の「ランプ バー」が55位、同じく奈良の「セーリング バー」が85位に、そして熊本の「夜香木」が64位にランクインしている。こういう日本の地方のバーや蒸留所を巡る旅が、海外からも注目され始めているようだ。
日本からは、ニッカが日本ウイスキーの、サントリーが日本ジンのオフィシャル・スポンサーとしてブースを出していた。ニッカのブースでは「レオン」のバーテンダーがカクテルを振る舞っていた。頂いたのは、先ず口中に柔らかい「梅肉」を含ませてから、ウイスキーベースのカクテルを飲み、口中で「味変」を楽しむと言う趣向だった。酸っぱい梅肉が、ウイスキーカクテルとの融合によって、甘く香り高く口中にパーッと一気に広がる。その刺激的な変化が、「これを飲むためにだけにまた香港に来たい!」と思わせるくらい、正にスペシャルなエクスペリエンスだった。
今やアジアのバー・ホッピングの聖地となった香港のバーでも、ジャパニーズウイスキー、蒸留酒の人気がますます高まっているが、次回は実際にランクインした香港と台湾のバーを訪ねてみたレポートをお届けする。
2024年9月
文/小学館・福田誠