香港と台北のランクインBARを訪ね、日本の居酒屋、日本の酒人気の秘密を探る
香港で開かれた「アジアのベスト・バー50アワード」のレポート第2回は、香港と台湾のランクイン・バーを紹介したい。
香港で取材に応じてくれたのは、今年のアジアベストBAR50で10位に輝いた、マンダリンオリエンタル香港のバー「ジ・オーブリー」。オープンしてわずか3年でアジアのベスト10になった。取材させて頂いたのは、アシスタント・ゼネラル・マネージャーのデヴェンダー・シーガル氏で、インドのボンベイ出身のチーフ・バーテンダーの方だ。
このバーは、香港最高の歴史と格式を誇る最高級ホテル、マンダリンオリエンタル香港の最上階にあるシグネチャー・バーでありながら、「IZAKAYA BAR(居酒屋バー)」と名乗っている。なぜ、居酒屋なのだろうか?
「居酒屋こそが日本文化のエッセンスで、世界唯一の食+酒文化だと思っているからです。居酒屋は一カ所で色々な料理と酒がリーズナブルに楽しめて、料理と様々な酒との組み合わせも自由自在です。自由でカジュアルなスタイルだけど、とても親密で楽しい場所。その居酒屋をグレードアップしたならば、刺激的なBARになると思いチャレンジし、大成功しました」と、シーガル氏は語る。
人気のお酒としては、日本の焼酎とフルーツなどを使った「季節のおまかせカクテル・エクスペリエンス」で、「夕張メロンカクテル」「沖縄パイナップルカクテル」などがある。また、日本のウイスキーやジンをベースに使った柚子酒や梅酒ハイボール。もちろん、シンプルな日本ウイスキー(山崎、白州、響など)のシングルモルトの水割りもある。
作って頂いたのは、写真右は「イチローズモルト ミズナラ」の水割り。レモンを浮かべたシンプルな水割りだが、非常に人気があり、「水割り」という日本的な飲み方も支持されている。「ミズナラ仕込み」の日本ウイスキーは、香港では専門バーもあるほどの人気だ(後述)。
左は「沖縄パイナップルカクテル」。新鮮な沖縄産パイナップルをシェークしたジュース、上に白いココナッツパウダーをまぶしていて、ココナッツの甘い香りとパイナップルの酸味と甘みが絶妙で、ベースの焼酎「鳥飼」のドライな後味が効いている。
「私は、およそ400年間(江戸時代の鎖国期のことを指す)、日本の各地で熟成された日本酒、焼酎、泡盛を含めた、日本の酒文化の奥深い魅力にはまっています。日本各地のバーや蒸留所、酒蔵を訪ね続けています。東京、京都、大阪などはもちろん、福井、金沢、福岡なども回りました。熊本、大分、鹿児島など、地方の小さな焼酎蒸留所にも伺いました。日本にはその土地の文化と歴史が育てた、奥深い酒文化があります。このバーの日本ウイスキーや焼酎、日本酒のコレクションは、日本にもなかなかないレベルだと自負しています。多くの蒸留所や醸造所の蔵元さんにも、このバーには訪れて頂いてます。もし香港にいらしたら、ぜひ、ご来店ください」とシーガル氏は、日本の酒文化への深い愛情を込めて語ってくれた。
それにしても、日本の蒸留酒への人気が、これほどまでに高まっているのはなぜなのか? もちろん一部の富裕層コレクターの間での異常な投機的ブームもあるが、もっと幅広く人気が広がっていることは間違いない。
今回の取材途中、台湾の台北では、昨年のアジアベストBAR50で11位(2018年には2位を獲得)になった「インダルジ エクスペリメンタル ビストロ」を訪ねた。ここは、夜遅くまで若者たちで賑わう台北の繁華街「東区(トンチュィ)」の閑静な路地にある隠れ家的なビストロだ。
経営するカリスマ・バーテンダー、アキ・ワン氏は、2007年、ロンドンで開催された世界カクテル大会(Belvedere Vodka International Bartender Competition)を含め、国際的な大会で3度の優勝経験をもっている。
店は女性バーテンダーのエレンさんが切り盛りする。ビストロという通り、食事のメニューも豊富だが、それぞれの量は少なめ。客層はかなり若くて、20~30代の女性の1人客も訪れる。仕事帰りに静かに食事とお酒を楽しむ感じだ。
女性客の1人に聞いたところ、「料理は台湾の食材にこだわったモダンな小皿料理ですが、味付けはあっさりとしていて、身体に優しいのが嬉しい。それには日本のウイスキーや日本のジンなどのヘルシーなお酒が合う」と話してくれた。また、台湾の(と言うか、香港、シンガポールなども同様だが)レストランは大人数で来る客が多くて騒がしく、1人や少人数で静かに楽しめるBARに、時々、来たくなる、ということだった。
ここでは、山崎貯蔵の梅酒と台湾茶のエッセンスを合わせた「山崎貯蔵梅酒・台湾茶カクテル」を頂いた。台湾茶の甘い香りと梅酒の甘みが引き立て合い、少し感じるお茶の香りと苦味、最後に山崎のコク味が、深い余韻を味合わせてくれる。梅酒と言うと日本のバーでは軽く見られがちだが、梅酒を使ったカクテルを果物やスイーツなどのデザートと一緒に楽しむ女性も多いようだ。確かに、デザート酒としては魅力的な組み合わせだ。こういうところも、女性がお酒、更にはバーの世界でもパワーを持ち始めているアジアの図式が垣間見れて面白い。
以前に訪れたシンガポールの会員制高級倶楽部(日本で言う飲食のクラブではなく、会費制の会員制倶楽部で、会議室やコワーキングスペース、フィットネス設備などを揃え、寿司などのレストランやバーを利用できる。年会費は日本円で500万円以上が普通)では、日本のウイスキー、特に山崎や響、秩父などのコレクションに力を入れていた。会員は、クラブに連れてきたビジネス相手を、稀少な日本ウイスキーでもてなすと言う趣向だ。会員の多くは自営業の企業オーナーなどで、年代は30〜40代前後が多く、女性もかなり多い。特に女性会員は健康志向もあり、フィットネスに勤しんだ後に、寿司などの和食と日本ウイスキーや焼酎、日本酒を女性同士で楽しむと言う。
アジアの若い世代には、「和食=ヘルシー」と言うイメージが定着していて、和食に(更には和食化した現地の料理に)合わせて飲める蒸留酒(つまり食事と一緒に楽しめる食中酒)として、日本ウイスキーや日本のジン、焼酎が人気を高めていると言う図式なのかもしれない。
香港では、日本ウイスキーのバーで、特に「ミズナラ仕込み」にこだわっているバー「ミズナラ ザ・ライブラリー」(今年66位にランクイン)の噂を聞いた。このバーは実は日本人がオーナーで、先日、東京・神楽坂に日本店を出したばかりだという。次回は、このバーと、34位にランクインした渋谷の「ザ ベルウッド」を訪ねてみたい。
2024年10月
文/小学館・福田誠