北海道のニセコ蒸溜所に伺ったのは、2021年10月20日のことだった。周囲の木々の葉はすでに紅葉になりはじめていた。ニセコの別荘地のやや細い道を進んでいくと、「ニセコ蒸溜所」という細長い黒い看板があり、そこを右に曲がるとまもなく、蒸溜所だった。建物は三角形の屋根で、灰色のシンプルでスタイリッシュな造りだ。
ニセコ蒸溜所の看板
ニセコ蒸溜所の蒸溜棟
車から降りて、蒸溜棟の入り口へと向かった。やや狭く、暗い入り口の扉を開けると、1対の蒸溜器がまず見える。スペースをゆったりと取った一棟の中に蒸溜設備が収まっている。屋根を含め、中は蒸溜所としては珍しく木造である。地元のカラ松材をメインに使っているという。蒸溜器の目の前の木の大きなテーブルで、鈴木隆広所長に話を聞いた。
入口のすぐ近くにあるポットスチル
鈴木隆広所長
高額なスコッチウイスキーが販売されている ニセコ蒸溜所は、新潟の日本酒で有名な八海醸造のグループ会社である。ニセコという地は、八海醸造のある南魚沼市の環境に近いという。寒暖差のある美しい自然に囲まれ、水も、酒造りに向いた良質な軟水である。しかしそれなら、なぜ南魚沼市ではなく、ニセコだったのか。
八海醸造がニセコの地に興味を持ったきっかけは、新潟の苗場スキー場の活性化の参考にするためだった。ニセコには世界からの観光客がなぜ集まるのかという理由が知りたくて訪れたのだそうだ。ニセコの地でウイスキーを造ることは、世界に向けて情報が流れることになると考えているのだろう。
インバウンドを意識していることは、蒸溜棟内に、新潟の燕三条をはじめとする日本の工芸品や、100万円もするような高額なスコッチウイスキーが販売されていることでわかる。
また八海醸造が新潟で造る、日本酒、クラフト・ビール、焼酎も販売している。鈴木所長は、新潟でこれらの製造に携わってきた。また販売はされてないが、麦芽と米を原材料としてステンレス製の蒸溜器でウイスキーも造った。その時のノウハウを、ニセコでのウイスキー造りに生かしている。蒸溜器はフォーサイス社製だが、それ以外は別会社のものだ。例えばマッシュタン(糖化槽)はスロベニア製、ダグラスファーのウオッシュバック(発酵槽)は日本製である。セットアップは、焼酎を造り始めたときから繋がりがある、九州の業者にお願いしたという。
スロベニア製のマッシュタン
ミドルカットは、官能で決める
ニセコでのウイスキー造りは、硬度35のニセコアンヌプリの伏流水を使って2021年3月下旬に始まった。日本人らしい繊細さがあり、バランスの取れたウイスキー造りを目標にしている。透明な麦汁を4日間発酵させ、ウォッシュを造っている。ストレートネックのウォッシュ・スチル(初溜釜)は、5000リットル、ボイルボールが付いたスピリッツ・スチル(再溜釜)は3600リットル。ライアームの角度は水平だ。
3月のファースト・ディスティレーションのニュー・スピリッツをテイスティングさせてもらった。ファーストなので、おそらく余溜液を使用していないものなのだろうが、クリアーできれいな印象だ。甘く、グラッシーさと、フルーティさがある。このニュー・スピリッツが、ニセコの環境で、どのように熟成されていくのか楽しみである。
鈴木所長と筆者
ホルスタイン社製の蒸溜器で、ジンも造っている。
2021年11月執筆
文/山岡秀雄